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不労所得もない私が2時間労働を決めた理由は、ある時起こった不幸からだった 前編

こちらのツイートをご覧ください。

の通り、私はこんな底辺から出発した。

 

というのも、お金がなく高校中退からフリーランスになり、その後やはりきちんと社会人経験を積むために20歳で正社員を目指した私。

いくらフリーで働こうとも、社会的にはただの中卒の威勢だけ良い怪しい存在。

 

そんな私が入れるところは、社員20人の小さな町工場だった。

 

営業職として入社したものの、小さな会社では教育体制なんて整っておらず、とにかく売上をあげなさい、と、ほっとかれた私。

 

何もない私はなんとか結果を出したくて、あらゆる方法を試した。

 

・飛び込みセールス

・電話セールス

・交流会

・SNSでPR

 

どんな小さな仕事も集めようと毎日が必死。

にもかかわらずうまく行かない日々が続いた。

 

元々口が立つわけでもなく、度胸もなく、飛び込み営業などということは最も苦手なことの一つだ。

新人一人、毎週月曜日の数字の報告会が本当に苦痛だった。

 

「なぜ数字が上がらないと思う?」

「どうしたら上がると思う?」

 

社長や部長に責められる日々が続く中で、動きながら心の底でずっと考え続けていたことは

 

「自分のやりたいことは何か?」

 

ということだった。

 

私のやりたいことは、ずっと高校時代でもフリーランスの時も取り組んできたWEBサイトに関すること。

 

自分の扱っている商材を、WEB上で販売して行きたい。

 

ここに集中することにした。

まず、会社の中で一番売れている商品に目をつけて、特設サイトを作ることを会社に提案。 承諾をもらい1年で作り、それはすぐに問い合わせが来た。

 

そこから少しづつ売上を作って、WEBに関する事について会社からの信頼を得るようになり、そこから会社全体のWEB施策にも関われるようになった。

 

ようやく仕事が苦痛ではなくなってきた。「自分の仕事」が作り出せた気がする。

 

またその頃、参加しまくっていた交流会や勉強会での繋がりを生かして自分で立ち上げた勉強会があったのだが、立ち上げるや否や「朝活」というブームに乗って、注目を浴びるということがあった。たくさんの参加希望者に、多くのメディア依頼。

 

25歳、売上を作れるようになり、第三の場所の活動もうまく行っている。

 

でもまだ、収入は低いまま。

もっと実績を作りたい、頑張りたいと思った私は、夢だった「大学に進学しよう」と決めた。

もちろん働きながらだ。

全てが上手くいく気がしていた。

 

と そんな調子に乗った私に、二つの不幸が起こった。

 

●●「実は借金があるんだ・・」

私「・・・は?」

 

ちょっと衝撃の金額だった。

 

(続く)